「好きなもの好きなだけ食べよう」

プロが実践する食事支援

「多分この人ね、いつか窒息して死んじゃうと思う」 とある歯科の先生が穏やかに仰いました。 ショッキングなこの一言は、認知症の方の食事支援の自己学習の会の一場面で発せられたものです。

我々にとって食べるとは何でしょう。 生きるために必須な作業であることは間違いありません。

けれども好きな人と、好きなものを一緒に食べるときの愉しさは、 これだけでは言い表せない食事の大切さを意味していますね。

動くこと・出かけることが出来なくなった在宅医療の患者さん達にとって、 口からの食事を楽しむことは生きる糧として最後の砦にもなり得ます。

眼で見て楽しい・噛んで愉しい・舌で味わって美味しい。 一緒に食べてくれる誰かがいてくれたら、もっとうれしい。

それがあって、初めて食べる意欲が引き出されることもあります。 もしも喉の筋肉や消化管の機能の状況が、真に厳しいものでなかったならば。

飲み込みやすい流動食・ジュース類を食事として提供することは容易いことです。 1日でも長く生きてほしいと、 栄養を摂ることを、半ば強制されているような場面にも出くわしたことがあります。 しかし患者さん達も我々と同じ、今を生きる人として、食事を楽しむ権利を 持っているという考え方はいかがでしょうか。

いつか自分の好きなものを食べられなくなる日が来る。 でもその日が少しでも遅らせられるよう、プロとして最大限のケアを行う。 その心意気があってこそ、冒頭の一文は発せられたのだと思います。

「飲み物でむせてしまう方は、少しずつ口に含めるよう底の広いカップを使うといいんですよ」 「飲み込めない方は、スポンジに含ませてお口を掃除するようにすれば舌で味わえます」

食べることを諦めない人たちの熱い取り組みが、ここ米子市で進んでいます。 老いや病で家族のお食事に困っておられる方、 ぜひ在宅医療に興味を持っていただいて、食べることの意味を一緒に考えさせてください。