在宅×心不全×緩和ケア――「交わる力」が支える包括ケアの現在地
- 米子の在宅医療・緩和ケア よだか診療所
- 3月26日
- 読了時間: 6分

1. はじめに -心不全を在宅で支えるという選択ー
みなさんは「心不全」という言葉を知っていますか。
様々な心臓病を背景に、心臓の機能「血液を肺や全身に送り出す」が低下し、全身の臓器の機能や体力そのものがいつか保てなくなってしまう病です。
循環器内科の専門チームの方々は、この心不全の増悪による再入院を、いかに予防し、治療するかという問題に日々直面され、患者人口の急激な増加を「心不全パンデミック」と銘打ち、問題に取り組まれながらかかりつけ医や多職種との連携を訴えてこられました。
これは、心不全は生活の場で支えることが重要な疾患であり、病状の進行に即した、適切なケアと治療を常に必要としている疾患だからです。
地域で心不全をしっかり診る・看る。このテーマは、在宅医療に携わる多くの医療者にとって日々の課題です。そしてやはり、彼らにとってACPというのは非常に重要な治療の軸になります。
2. カンファレンスの背景と目的
今回、鳥取大学医学部附属病院 循環器内科の中村先生、心不全看護認定看護師の万場看護師をお招きし、以前ご紹介頂き、当院で在宅支援を行った心不全患者さんのケースをテーマに、振り返りカンファレンスを実施しました。
この患者さんの背景にあったのは、先天性心疾患。当院在宅チームが短いながらも懸命に支えた、心不全終末期の在宅療養事例です。
利尿薬の調整やバイタルの継続観察を日々行いながら、症状緩和のための薬物・非薬物療法を積極的に導入し、望まない再入院を回避し、最後までご自宅で、ご家族と一緒に走り抜けることが叶った一例です。
3. 実践したケアと判断の軸
このケースでは、以下のような支援体制と判断がありました。
初回訪問時の専門医とのリモートカンファレンスによる治療方針の立ち上げ正確な病状把握と利尿剤を軸とした終末期心不全治療の詳細を、直接専門医の先生のお話しを伺いつつ、綿密な引継ぎがベッドサイドで叶ったことで、チームそのものとケアに信頼と一体感が生まれ、在宅療養に見通しを立てることができました。
体重・飲水量・食事量・呼吸状態・尿量の逐次記録
体重測定が困難になった後は、気道症状と浮腫、尿量の所見で予後を推し量っていきました。そして考えられる転帰について、日々逐一訪問看護経由でご家族と本人へお伝えするようにしていました。
訪問看護師による家族と本人のスピリチュアルケア
成人後の先天性心疾患終末期として、残された時間をご家庭でそのように少しでも豊かに過ごしてもらうか。幼いご家族にも、予後や経過が恐怖を伴うことなく分かってもらえるか。そして今という時間がどれくらい貴重でかけがえがないのかということを、繰り返し対話いただき、世帯全体をケアすることを心がけてもらいました。
在宅医の往診による症状緩和の指示(ベンゾジアゼピン+モルヒネ投与経路および用量の調節)
看取り訪問終了の瞬間まで行った家族との綿密な対話
在宅では、検査値の代わりに“生活の中の変化”を指標にして動くというノウハウが定着しており、緩和医療の実践の場として地域の資源を最大限活用し、苦痛の緩和に最後まで務めることができたことを、中村先生が専門医学会の分野でご発表下さり、様々な反響をいただいたことを知りました。
4. 専門医チームとの“交差点”にあるもの
カンファレンスでは、中村先生より「在宅で適切なACPの完遂と治療の実践が叶った」という評価をいただきました。「同じ病状であっても 入院を回避し 自宅で最後まで療養することができる」という実績を一緒に確認することが出来ました。
このような病院ならではの臨床的視点が、在宅現場の判断を裏付けてくれることは、チームにとって大きな安心感となります。万場看護師からも、「もっと在宅医療や訪問看護について啓発していきたい」というお言葉を頂きました。
どのような分野でも、専門チームと在宅チームが出会うところに、患者さんの希望に沿った豊かな緩和ケアを見つけて差し上げることができるということを共有することが出来ました。
5. 「あえて謳わない緩和ケア」という日常支援
心不全の分野でも、緩和医療の早期介入とACPの推進が予後を改善し得るという事実があり、我々在宅チームは患者さんのQOLを回復することができる立場にありますから、「どうやって早期介入を図るのか」ということが常に課題になっています。
もしかしたら、専門チームのみなさんが思っておられるよりももっと早期に、在宅チームは治療に参入すべきではないか、という意見をお伝えしました。
つまり、日常支援の中に自然と緩和ケアの要素を埋め込んでいくというアプローチです。「緩和ケア」と聞くと、どうしても医療者でも非医療者でも、終わりを意識した介入を想像しがちですが、結局は早期に関わること、「緩和ケア」と言葉にせずとも、我々が介入することで、患者と家族にとっての“安心の支え”になることが常にできる。そしてそれが、いつか将来訪れる終末期医療にとって非常にシームレスで有益なアウトカムを作ることができる。
それが、私たちが目指す“緩和ケアを謳わない 緩和ケア”です。
6. 振り返りを通じて見えた在宅の強みと限界
在宅医療は「何でもできる」わけではありません。ただし、限られた中でも専門チームのみなさんとの意見交換を通じ、「何を優先し、何を価値とするか」「症状緩和のゴールと予後はどこか」が明確であれば、“できる支援”の輪は広げていけると感じました。
この症例を通じて再確認したことは、なるべくたくさんのチャネルを駆使し、様々な判断を“独りで抱えない仕組み”を専門チームとの連携の中で構築し、“支える覚悟”を養っていくことの大切さです。
多職種チームが縦ではなく横に並び、それぞれの感性と視点を持ち寄ることで在宅医療は深まるのだと、実感しました。
「なるべく多くの患者さんに 少しでも早く 在宅チームとの接点を持ってほしい」という万場看護師のお言葉の通りになるよう、我々は顔の見えるつながりを大切に、微細なことでも気軽にリモートを駆使しながらでも意見交換を深めていけたらというアイデアが生まれました。
7. おわりに -医療の未来は、現場の対話からー
「専門医と在宅医」「病院と在宅」「治療とケア」それぞれの現場が持つ文化は異なります。
しかし、その違いを受け入れながら、互いを認め合って尊敬し、丁寧に交差させることで、新しいケアの形が見えてきます。
今回のような振り返りの場を、単なる症例検討にとどめず、“文化の翻訳と接続”として捉えることが、これからの医療には必要だと思います。
今後も「病状早期からの緩和ケア」や「在宅での心不全支援の質向上」に向けて、私たち自身も柔らかく、変化し続けられるチームでありたいと願っています。
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