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DとNとAとR 人生の最終段階、の前


開業させて頂いて1か月、更新が遅くなってしまいました。

あれからいろいろな経験をさせていただきながら、在宅医療に

従事しています。



「急変時DNARに承諾を得ています」                         



治療の最前線からの紹介状――末期がんや心不全、認知症の方の

――末尾に、この言葉を認めることがとても多くなった。


do not attempt resuscitation(蘇生拒否)


私の病気は、手の施しようがなくなってしまいました。

治せない病気で私の具合が悪くなる時、

呼吸が止まってしまったら、血圧が保てなくなってしまったら、

その時はどうか、いたずらな心肺蘇生を行わないでいてください。


言葉に出してみると、とても重い。

医療の現場ではこの言葉が飛び交っている。


もし自分がいつか、こんなことを考える時が来たら――

だけどそれは、いつかきっと訪れる。

その時自分はどんな生活を送っているだろうか。


今の当事者がみな、

自分の命と、どのように日々向き合っているのか。

覗いてみれば、私たちの暮らしと全く変わらない日常が広がっている。


「いつ死んでしまってもいいわ」が口癖の紳士淑女のみなさんが、

気づけばインフルエンザワクチンを打っている。

好きなお菓子を食べて、昼寝して、ワイドショーを眺めている。


好き勝手生きた挙句、周りに迷惑をかけながらみな歳をとっていく。

辛い状況でもなぜか笑いが生まれ、一緒に涙を流してくれる誰かが

そばにいてくれる。色んな生き方があるけど、やっぱりそれはみんな同じ。


その先、もし最期の時を迎える瞬間が来たら、静かに退場していきたい。

救急車も病院も要らない。苦しい時は、辛さだけ取ってほしい。

それもやはり、誰しもに通じる思いではないでしょうか。


DNARはよりよく生きて、好きなだけ家で過ごして、自由な時間を

過ごすためのパスポートのようなもの。

そんな風に、治しがたい病を抱えた方が少しでも呑気でいられるような、

そんな医療を手掛けたいと思っています。


せわしない救急外来でこだましていたこの言葉が、

今はゆっくりと胸に迫ってきます。


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